桜が咲く頃になると、ちょっぴり自分の人生?を振り返ってみたりします。
真剣に…ではなくて、ぼけーっと、だた、「あぁ、そういえば…。」みたいなぼんやりな感じで。(笑)
「夢は失われるものではなくて、カタチを変えながら続いていくもの」
この言葉、誰かのなんだけど、ずっと記憶にある。
私は小さい頃から、ずっとお菓子屋さんになりたかった。
お菓子を焼く職人になれなくても、お菓子の本とか道具とかを扱うお店とか。
中学を卒業したらその道にすすみたいなーと思ってたら、
年齢が足りなくて専門学校にはいけなくて、高校に進学することに。
その頃、「競技かるた」にはまっていて、かるた部のある高校へ。
高校卒業したら国立に出来た製菓学校の第一期生になるつもりだった。
ところが、高校3年の冬にいきなり、
「短大2年の、専門学校2年で、4大に進学させたと思うことにするから、
短大だけは行ってくれ。」と親に言われて、短大に行くことに。
そうそう、今、急に思い出して、プンスカしてるけど、
親戚の叔母さん(ミツアミ叔母さんの姉)は、受験日前日に電話してきて、親の不在を確認してから、
「短大の食物科なんて恥ずかしい。東大は無理でも、せめて東京女子とか御茶ノ水くらいは…」と言ったんだ。
いけるかボケ~、そんなん、必死で勉強しても不可能やー。
それに、そもそもセンター試験も終わっとるがな、何を言うとるんじゃぁ~。
「いいじゃん、叔母さんの息子は早稲田なんだから、すごいじゃん。私のことは放っておいてくれ。」…と思いつつ、そんな時はハイハイと相槌を打つ。(うちの兄貴が東大なので、くやしくて仕方ないんだろうと。)
いつも、チクリチクリ、ネチリネチリと、誰もいないところで嫌味を言う。(ま、それで気が済むならいいか。)
短大卒業後は就職した。
友達に頼まれて面接についていったら、一緒に採用された。
都内の製菓学校で夜間があるので、働きながらでいいかと。
いつまでも親に仕送りもらうのもな、と。
でも、時間的に両立は難しく、数年後、製菓学校の通信教育で学んだ。
卒業はしてないけれど、課題のお菓子を制作・撮影してレポートを出したり、スクーリングは楽しかったな。
他にも個人の先生の教室をいろいろとハシゴした。
なかには「助手になって欲しい。」と相談してくる先生もいた。
ただ働きの上に、休みも不規則、レッスン料は今まで通り支払う。
「交通費は出します。生活費はご両親に援助してもらってください。」だってさ。
助手になってもいいけれど、そこまでは、私にはできない。
普通に働いて、いろんな先生のレッスンを受ける方がいい。
その後は、お勤め人として会社で働くのが面白くて、そちらが生活の中心となり、お菓子は趣味としてたまーに頼まれて焼いてました。
(真珠の展示会とか、結婚式で新婦さんがお土産に配るお菓子とか。)
職人(プロ)にはならなかったけれど、相変わらずの自己流のお菓子を焼いてます。
夢はカタチを変えながら続いているのかな?
理想の1日は、ゆっくりと本を読みながら、お菓子を食べて、コーヒーを飲む。
ときどき創作活動なんかしたりして、また本を読んだり。
そんな暮らしがあこがれ。
ゆったりのんびり、でもちょっと刺激的?に暮らしたいな~。
夢ですね~。
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